オレンジの日々に憧れて

40代の主婦が、本気でアメリカ移住を目指しているブログです。

年度末に改めて思う今後の人生設計!アメリカ移住が延期になりました。

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久々のブログ更新!

気が付けば10カ月もブログの更新が滞っておりました。

 

昨日コメントを頂き、我に返った次第でございます。(^_^;)

 

こんな拙いブログでもまだ読んで下さる読者の方がいて下さるとは!

 

本当に有難いことですし、恐れ多いと言いますか、逆に恐縮してしまうとはこのことですよね。

 

でも、こんな感じで私が今後また更新をおさぼり気味になった際には、コメント頂けると、ブログ更新への発奮材料になるかもしれませんのでお気軽にコメントして頂けるありがたいですね。←(ぐうたらですみません。)

 

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 アメリカ移住が延期になった理由

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さて、かねてからこのブログで、アメリカ行きたい行きたいと叫んでいたわけですが、

ちょっと昨年の夏くらいから雲行きが怪しくなってしまっていたんですね。

 

というのも、ものすごく元気で病気とは全く無縁だった74歳の主人の父が、突然お腹が痛いと言い出し、病院で精密検査をしたところ、末期の胆管がんということが判明したからなんです。

 

結論から言いますと、先日既に他界しました。

 

主人は3人の男兄弟の長男なのですが、長男の嫁として私はどうしたらいいのかとか、アメリカにこの時期に行ってもいいものなのかとか、色々考えました。

 

そして結局アメリカ移住については封印ということになったわけです。

 

とにかく残された義母は、悲壮感でいっぱいというよりは、その後の色々な手続きなどに追われたりで悲しむ暇はないと気丈に振舞ってはいたものの、それでもずっと義父と2人3脚で歩いてきましたから、その空虚感たるや計知れないものがきっとあったんだろうと思うわけです。

 

距離的に車で20分程のところに住んでいるので、決して遠くに住んでいるというわけではないですが、時々電話したり、主人の次男家族と共に、一緒にみんなでご飯を食べたりなどして、義母を励ましたりはしていたのですが、マンション住まいで、仕事もしていない、趣味もない、義父は転勤族だったので近くに友達が一人もいない中で、今後義母がどうやってボケずに生活をしていくことができるのだろうとか色々考えていました。

 

とりあえず、大人の塗り絵と120色の色鉛筆を贈ったりなどしたのですが、義母はリウマチを患っていて、中々指先を使うのが厳しいと言われてしまう始末。(T_T)

 

とはいえ、長男だからと言って、うちに来て一緒に住むっていうのはね~。。。

 

そんなこともあんなことも本当に色々考えましたよ。

 

義母とはすごく仲良くはしているのですが、それでも一緒に住むとなると話は別かなと。

 

実際、私の実の母が弟家族と今一緒に住んでいるのですが、しょっちゅう喧嘩してますもんね。

 

嫁と姑のバトルはもう半端ないです!

 

それでも一人暮らしで誰とも話さず、趣味も仕事も友達もいない環境にいるよりは、例え喧嘩しても、家族がいる環境の方がずっとありがたいという言葉も母から聞いたこともあり、その時ばかりは私も正直う~むと考え込んでしまいました。

 

そればかりではありません。

 

もしも義母と一緒に住むとなれば、アメリカ移住は諦めなければいけなくなってしまいます。

 

それも私の決断を大きく鈍らせる要因でもあります。

 

どうしたらいいのか・・・日々悩む日々がこのようにずっと続いていたのです。

 

年度末に改めて思う今後の人生設計!

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個人的に私が一番好きな月は3月なんですよね。

 

寒~い冬が終わり、万物が躍動を始める春という季節が大好きなのですが、その3月は年度末でもあります。

 

当初は、娘の小学校4年生が終了する3月頃にアメリカ移住したいと思っていたので、色々な意味で改めて今後の人生について考えていました。

 

まぁ結論としては、まだ明確には出ていないのですが、やっぱり私はアメリカ移住を諦めきれないということなんですよね。

 

じゃあ義母はどうするんだって話ですが、はい、その通り。

 

どうするんでしょう。

 

そんな堂々巡りのことを毎日毎日考えていました。

 

義母は一人で生きていくつもりいるみたいなことは言っていますが、やはり70歳でリウマチの持病持ちですからね~。

 

お金がたくさんあれば、老人ホームという選択肢もあるのかもですが、ここ横浜はかなり高いですし、なによりも義母は老人ホームは嫌いなんだとかでどっちみち行く気は全くなかったようなのです。

 

当然アメリカには行かないで、日本で今後の人生を生きていくということも考えたりもしました。

 

でもね~、それでいいのか私の人生!ってことで諦めの悪い私はどうすることも出来なかったわけです。

 

そんな時に突如朗報が入ったのです!

 

長くなったので、続きはまた次回・・・

 

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